寺院の耐震診断と構造補強 その1 診断の指針と常時微動測定
本論は、江戸後期に建てられた寺院の耐震診断と構造補強を目的とするものである。実測調査および、常時微動測定をおこなった。
本構造検討の主たる特徴は、以下のとおりである。
〇実測調査において屋根伏図、軸組図、部材寸法を採取した。
〇現状建物の常時微動測定をおこなった。
〇耐震診断には、文化庁重要文化財耐震診断指針と限界耐力計算によって、評価を行った。
〇構造補強は、壁量を大幅に増やし、壁は、構造用合板二重貼とした。また、上部母屋の荷重が下部下屋へうまく伝わるように、筋交い金物、ターンバックルなどで補強した。
耐震診断のフローとしては、現状建物の調査により、劣化状況を把握するとともに、屋根伏図、軸組み図、部材寸法により、構造要素の力学モデルを考案、また常時微動測定をおこなう。その後、解析方法の検証により、限界耐力計算を用いた耐震診断を行った。
構造補強設計では、壁量を増やし、限界耐力計算によって設計を行い、極めて稀におこる地震動に対して、安全限界以下に収まることを確認した。
寺院構造調査報告書
(愛知県)
目次
1. 調査概要
2. 建物概要
3. 実測構造調査
4. 常時微動測定
4.1 測定概要
4.2 測定計画
4.3 加振計画
4.4 実験結果算出方法
4.5 測定結果
4.5.1 配置1(高さ方向)
4.5.2 配置2(平面梁間方向)
4.5.3 配置3(平面梁間・捩れ方向)
4.5.4 配置4(平面桁行・捩れ方向)
4.6 まとめ
5.現状耐震診断
5.1 建物重量算定
5.2 構面モデル作成
5.3 限界耐力計算による現状耐震診断
1.調査概要
愛知県に位置する寺院において、その耐震改修のための構造実測調査と、また改修する際の資料として、建物の基本的な構造特性を把握するための常時微動測定、人力加振による自由振動測定を行った。調査日程・内容は以下の通りである。
・調査日程 3日間
一日目 午後から建物の実測調査:主に1階、小屋裏の状態確認
二日目 午前:小屋裏の母屋と下屋の実測調査
午後:実測調査、後半は常時微動測定
3日目 常時微動・自由振動測定
2.建物概要
所在地:愛知県
建立: 1854年以降、現在の建物が再建される
建築面積:283㎡(梁間方向:13.49m 桁行方向:20.95m)
寺院は幼稚園の敷地内にあり、寺の境内はその幼稚園の運動場としても使われている。以前の寺院は 1854年(安政元年)の安政大地震により倒壊し、それ以降新たに再建された。現在の建物はこの時建てられたものである。1980年(昭和55年)にはシロアリによる土台の損傷があり、土台の工事と一緒に屋根の補強工事と瓦の葺き替えが行われた。
3.構造調査
今回の構造調査は、耐震診断をするために、壁、軸組み、土台、母屋、屋根などの構造部材の寸法や現状を把握することを目的として実測調査を行った。
・屋根は桟瓦葺き(住職さんによると、昭和55年の屋根の葺き替え時に土を減らしたようである。)
・木材の種類(大工さんより)
部材 樹種
屋根の垂木 スギ
丸柱・束 ケヤキ
角柱 ヒノキ
梁・桔木・火打ち材 マツ
以下に写真を示す。
入口から寺の全景 二重の裳階構造となっていることがわかる。屋根は瓦葺きでさる。
増築した背面 増築して、内部は仏様と一部納骨になっている。
横面(母屋と下屋、1階) 南側からみた写真である。東西にも裳階構造となっていることがわかる。
1階、本堂の内部 柱は、ケヤキの丸柱である。柱に対して、差鴨居が入り、建物の骨格を作っているが、内部壁がほとんどなく、構造的には非常に弱い。
内観南部分を南側から見た写真である。こちらも、内部は間仕切り壁がない。格天井となっている。
下屋内部 増築した下屋内部である。仏さまが置かれている。
柱と礎石(コンクリートで
柱を固めたものもある)
実際に、床下に潜ると、柱には、コンクリート巻きがされていた。以前の改修で、柱を補強していた。
大きな礎石の上に柱が乗り、地震時にその柱が、礎石の上を平行移動するだけの免振効果がみられる寺院もみられる。しかしながら、中世の寺院などは、傾斜地に存在している寺院も存在する。その場合は、礎石の上に
ダボを入れて、柱と礎石を固める手法をとっている状況もみられる。この場合は、柱と礎石を固めている手法として、この状況を存知するものとした。
床下の状態 大引きが入り、根太が各所に入っている状況。
下屋の内部(左側は母屋)
二重裳階の二層目部分を南から北へ写真をとったものである。梁の上に梁が重なって載せられているのがわかる。
下屋の梁と母屋の桁の重ね
二重裳階の二層目の大梁の上に上屋がこういった構造によりのっていることがわかる。
下屋での補強(丸鋼、25mm)
以前の改修時に補強したようである。
母屋の内部(補強アングル)雲筋交いとしての機能をはたすために、アングルを以前の改修時にいれている。
母屋下から見える天井板 測定器で常時微動測定をしている。
正面東側からの図面である。若干軒がそっており、優美な寺院の外観をしている。この軒のそりをだすために屋根の隅部分は、材木を幾重にもいれている。
裳階の優美な外観を生み出すために当時の大工が、苦労しているのがわかる。
東西方向を南側から見た図面である。東西方向を考えるに、なかなか、裳階部分に重量が存在するであろうことがわかる。
平面図である。内部に壁がなく、すけすけの建物であることがわかる。四隅に、壁が存在している。江戸時代になって、寺院は、地方都市でも大空間を要する建築物を建てることができるようになった。江戸時代は、全国をお寺参りする状況が一般庶民の中にも生まれ、寺院の中にはいって、仏様を拝むという慣習が広まり、その需要に従い、寺院の大空間化がなされていったようである。大工の技術も進化したようだ。
内部には差鴨居がはりめぐらされて、構造体のフレームとなっている。差鴨居はほとんど、耐力要素としてはみなされない。この寺院で重要な耐力要素は、壁と垂れ壁である。内部には段差が存在している。ちょうど中間部に裳階の上部構造が存在し、その部分が天井の高い空間となり、下屋部分と、上部の天井高さで空間を仕切っている。
床下空間の伏せ図である。柱にはコンクリートが巻いてあり、大引きが柱廻りにあり、建物のフレームとなっていることがわかる。小屋伏せ図の下屋部分である。
四隅には、隅木が多数はいっているのがわかる。梁が一本ものがとおっており、これが圧巻であった。この梁が上部構造体を垂直方向で支えていく。
裳階上部の小屋伏せ図である。桔木といい、てこの原理で屋根のかじゅうを支え、軒そりをつくります。
YO軸組図 ここには壁が存在している。壁には、鉄骨の筋交いを以前の改修補強で入れているようである。
Y1軸組図、実際の梁がどのように存在しているかがわかる。斜線部分。構造体として、とても興味深い。
Y2軸組図
Y3軸組図
Y4軸組図
X0軸組図
X1軸組図
これで、南北方向の断面状況がよくわかるものとなっている。Y3に存在する柱がとても重要な柱であることがわかる。上部構造体の荷重をこれがしっかりと支えている。梁は途中で切れているが上下でつながっているため、問題はない。X2軸組図。